2021年12月14日火曜日

開示だ開示!と氏名権,プロパイダ責任制限法

 インターネット上でしばしば「開示だ開示!開示してやる!」などと発信する者があります. これを実現するには,発信者情報開示手続きが必要です.

すなわち,インターネット上の投稿(Blogでも,Twitterでも)が,①どこから発信されたか,②誰が発信したかを特定するために必要な行為です.

なぜこのような手続きが必要であるかといえば,そもそも全く発信者の手がかりがない場合はもとより,たとえば,SNSに,自宅の場所がわかるような画像を掲載する人もいますが,その画像が投稿されたことのみをもって,当該SNSアカウントが,その画像の場所に居住している者が投稿したということができないという理は,誰にでも理解できることでしょう.

友人宅で撮影したものかもしれないし,ネットから拾ってきた画像であるかもしれないからですね.

そうすると,プロバイダなどが保有するアクセスログ等をもって,発信者を調べ上げる必要があるわけです.

そこで,我が国の法律(特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律 = プロ責法,以下,法令名省略)は,

(1)発信者情報の「権利の侵害に係る発信者情報」該当性(4条1項柱書)...情報の流通による権利侵害があるかどうかという実質的要件

(2)投稿による権利侵害の明白性(4条1項1号)...不法行為責任を阻却する事情があるかという実質的要件 ※言論の自由(憲法21条1項)など

(3)開示を受けるべき正当な理由の有無(4条2項)...発信者への意見聴取という形式的要件 ※「発信者と連絡することができない場合その他特別の事情がある場合」には適用除外

という要件のうち,最低でも(1)(2)を充足するならば,発信者情報の開示を認めてもよいだろうということを規定しています.

しかしながら,なぜこのような本案並みの制限を設けているのか,もっと簡単に開示を認めて,本案で要件を検討したほうが迅速に権利侵害を排除できるじゃないか...と思う方もいるでしょう.

しかしながら,そういうことをすると,悪い人たちが制度を悪用して「はい開示」と他人の本名や住所...を暴くのに使ってしまうのです. 

なお,これについて,直接的に論じられているわけではないけれど,東京地判令和2年6月26日は「発信者情報が(略)いったん開示されてしまうと原状回復が不可能であるという性質」,東京高判平成30年6月13日は「いったん開示されると開示前の状態への回復は不可能」としています.

 それでは,氏名権のお話をします.

まず,Twitterのなりすましアカウントに関する判例・裁判例をいくつか取り上げます.

1.東京地判令和2年6月19日は,氏名不詳者によって,なりすましアカウントのために氏名を冒用された元編集者が,損害賠償請求権または差止請求権の行使のため,ソニーネットワークコミュニケーションズに対し,発信者情報の開示を求めた事件です. 当該なりすましアカウントは,

『 #ドラゴンノベルス 編集部様

 「#スケルトンは月を見た」作者 #●●先生 が,#WEBアマチュア小説大賞 に対し選考に不正があったとの虚偽の情報を流して炎上を起こし,嘘がばれた後自殺未遂をほのめかし脅迫・強要に加担した件についてご存じでしょうか?

被害者への謝罪はお考えでしょうか?』

等ツイートした事案です(上記のものはBIOページの最上部に固定表示されていた).

本件では,「権利の侵害に係る発信者情報」該当性について,被告側は,Twitterの仕様上,ログイン→投稿の二段階の操作を要し,原告が開示を求める本件発信者情報はログイン段階のIPアドレスであるから「権利の侵害に係る発信者情報」に該当しないと主張しています.

これに対し,裁判所は,『4条1項が「権利の侵害に係る発信者情報」と規定し,「侵害情報の発信者情報」といった文言に比べてやや幅のある文言を採用していることに照らすと,開示請求の対象となる「権利の侵害に係る発信者情報」については,侵害情報そのものから把握される発信者情報に限られると解するのは相当でない.』としたうえで,『ログイン情報の送信者と,侵害情報の送信者は,同一人物である可能性が相当程度認められログイン情報を送信した際に把握される発信者情報についても,侵害情報の発信者の特定及び原告の権利行使に資する限り,法4条1項所定の「権利の侵害に係る発信者情報」に当たる』として,各証拠に基づき,本裁判例の訴訟物が「権利の侵害に係る発信者情報」にあたることを認定しました.

次に,権利侵害の明白性について,本裁判例は,「氏名は,その個人の人格の象徴であり,人格権の一内容を構成するものというべきであるから,人は,その氏名を他人に冒用されない権利を有し,これを違法に侵害された者は,加害者に対し,損害賠償を求めることができると解される」として,いわゆる氏名権を前提に,損害賠償請求権の存在を肯定しています.

氏名権の詳細は,最後に説明します.

さて,本裁判例では,なりすましアカウントは,

①アカウント名,②ユーザー名

が原告の氏名を冒用しており,

③ヘッダー画像,④プロフィール画像,⑤プロフィールの紹介文(いわゆるBIO)

が原告を指すものとなっていました.

そして,被告は,質問の形式で第三者のやりとりを提示したに過ぎないから,社会的評価の低下もなく,また,当該アカウントにはフォロワーの数が少ないことから,投稿の影響力が相当に限られたものであり,損害は軽微であると主張しています.

これに対して,裁判所は,「本件投稿事案が実際に存したものと認識し,あるいはこのような事案が発生したのではないかとの疑いを持つものと考えられる」すなわち,当該コンテストの関係者がツイートをしたと認識させる可能性があるから「氏名を冒用された原告の被害について,軽微であるとか,受忍限度の範囲内であるといった評価をするのは相当でない」「かかる判断は,本件アカウントのフォロワー数等により左右されるものではない.」と判示しています.

要するに,人の名を勝手に名乗ったアカウントを作ってあやしげな(あることないこと)投稿をしておいてフォロワー数が少ないから軽微だとかなんとか抗弁をするのはありえんだろうという判断です.

結局,裁判所は,原告の氏名権を冒用したことは,明白な権利侵害であると認定したというわけですね.

また,本件では,アカウントが凍結されていたとしても,損害賠償請求の予定がある以上,発信者情報の開示を受けるべき正当な理由にあたるとしています.


2.東京地判令和3年7月16日は,新型コロナウイルスに関する陰謀論者が,医師である原告の氏名を冒用するTwitterアカウントを作成した上,「原告の肖像である原告イラスト画像」すなわち原告本人のアカウントを無断転載して,「池麺アイコン救急医」「バカ女うけする」などと罵ったり,「科学的根拠のない医療情報を流布する医師であるとの印象」を与え,その他,「全国の痴事を震撼させるイケメン●穴tweet」「こちらのアイコンは,●穴と●道を同時に攻め,恍惚の表情を浮かべているわたくしを示しています。」等複数の品性に欠くツイートをしたもので,裁判所の判断は,前述の裁判例と概ね同様です.

ただし,本裁判例では「名誉権侵害」のほかに「名誉感情」の侵害についても争われており,前者については「こちらのアイコンは,●穴と●道を同時に攻め,恍惚の表情を浮かべているわたくしを示しています。」という投稿記事が「卑猥な表現を用いて原告を揶揄する」として,後者については「原告の見解に対して論評を加えるものではなく,原告自身のことを表現不可能なほど気持ち悪いと揶揄」するものとして,それぞれ認定しています.

なお,自明ではありますが,アイコンにかかる著作権侵害も認定されています.


3.東京高判平成30年6月13日は,深見東州のなりすましアカウントが作成された事例で,本名である「半田晴久」とは異なる「深見東州」を氏名冒用の対象としたことが問題になっています. この点,裁判所は「氏名でなく通称であっても,その個人の人格の象徴と認められる場合には,これを他人に冒用されない権利を有し」ていると判示しています.


最後に,氏名権についての代表的な判例を紹介します.

最判昭和63年2月16日は,在日韓国人(不法入国者)が,自らの氏名を正確な発音で呼称される権利を有するとして出訴した事件の上告審であり,請求は謝罪広告の掲載なのですが,氏名権について重要な内容が含まれているので必読の判例となっています.

本判例において,最高裁は「氏名は(略)個人からみれば,人が個人として尊重される基礎であり,その個人の人格の象徴であつて,人格権の一内容を構成する」とした上で「氏名を正確に呼称される利益は,氏名を他人に冒用されない権利・利益と異なり,その性質上不法行為法上の利益として必ずしも十分に強固なものとはいえないから,他人に不正確な呼称をされたからといつて,直ちに不法行為が成立するというべきではない.」として,氏名権が法的な保護の対象となる権利であることを認めています.

他方,本件原告の氏名は,漢字表記で「崔昌華」すなわち韓国語では「チォエ・チャンホア」と発音されるところ,NHKは,日本語で「サイ・ショウカ」と呼称したことが事の発端ですが,特に外国語に明るい者でない限り,外国語での発音を再現することは困難であるほか,視聴者にとっても,混乱の原因となるという理由がある場合には,違法性があるということができない旨判示しています.

これについては,外国語での正確な発音が存在したり,日本人の氏名であって正確な発音が存在する氏名を,侮蔑的あるいは卑猥な発音をすれば,それは当然ながら違法性が存在するケースもあるというべきでしょう.







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